シンガポールの高齢化ガイド|日本とは異なる文化や最新事情とは?
〜この記事は「シンガポール日本商工会議所2023年2月月報」への寄稿記事を元に掲載しています〜
世界中で急速に進む高齢化。シンガポールでも2030年には2倍以上の約90万人、つまり人口の「4人に1人」が65歳以上になり、経済規模は20兆円(2090億SGD)にも登ると予想されることから、シンガポール政府は経済成長のチャンスとなるよう積極的に支援しています。
「高齢化社会」と言うとネガティブな発想や議論になりやすいですが、シンガポールでは「Age Well(エイジウェル)」という健康に歳を重ねる生き方を実現することが昨今注目されており、様々なプロジェクトやコミュニティ作りが行われています。
また、世界で最も高い高齢化率である日本は「高齢化社会の課題先進国」と捉えられているため、日本での取り組みに注目が集まっています。
実際、弊社が2022年9月に共催した「Age Well Japan 2022」では、総勢約380名の業界関係者・シニア・若者がシンガポールを含む世界各国のプレイヤーとの交流を行い、これを機に日本企業とシンガポールのスタートアップや大学とのコラボレーションの議論が進む結果に結びついています。
シニア向け市場を担う日本の事業者は、海外のシニア向け市場に参入できる可能性を秘めています。
その他の業界でも既存のサービスをシニア向けに展開する方向性を検討することで、世界規模でビジネスチャンスが広がる可能性が大いあります。
本記事では、シンガポールの高齢化社会に関する最新の事情や課題、取り組みをご紹介していますので、日系企業がシンガポールをはじめとした海外市場での高齢者向けビジネスの可能性を考える際の一助となれば幸いです。
シンガポールにおける介護の在り方
介護は「自宅で看るもの」という文化的価値観
シンガポールにおける「介護」を取り巻く現状は、日本とは大きく異なります。
たとえば、介護施設を利用するケースは少数派で、在宅介護が主流であることは大きな違いのひとつです。
その理由は、文化的な面で「老いた親の面倒は国でなく、最終的に子どもが見る」という儒教に基づいた親孝行を徳目とする考え方があるからだと考えられています。
実際にシンガポールでは、家族を重んじる文化のことをマレー語で「村」を意味する「Kampong(カンポン)」という言葉をつかった「Kampong Sprit(カンポンスピリット)」と呼んでいます。
「子供がやむなく親の介護を自宅で看れない場合に介護施設を利用する」という風潮であるため、介護施設を利用していると「子供としての役目を果たしていない」と社会からみられることもあるという声も聞くほどです。
介護施設を利用しているとネガティブなイメージが強いため、当事者である高齢者からも「介護施設に行きたくない」と思う方が多いとも言われています。
シンガポールの介護施設については、以下のブログでより詳しくまとめていますので、ぜひ参考にしてみてください。
シンガポールの介護事情ガイド|日本産サービスに需要の兆し【概要編】
また、そもそもシンガポールは国土が狭く、家族がすぐに駆けつけられる距離にいるというのも施設介護が主流ではない理由のひとつです。
日本の地方都市のように、子供世代が親の住む地域から離れた遠い場所に住んでいるため、面倒がみられないということがありません
家庭によっては身内が近隣にいようがいまいが、ヘルパーを雇用して自宅介護するケースも多く見られます。
一方で、介護施設の利用料金が高い傾向があり、需要に見合う供給体制が整っていないため、利用しづらいという側面も指摘されています。
いずれにせよシンガポールと日本とでは特徴が異なるため、市場参入する際には事前に十分検討すべきだと言えるでしょう。
政府による積極的な介護施設の増設
シンガポール国内における介護施設の利用料金が高く、高齢化需要に間に合っていないという課題に対して、シンガポールの保健省「MOH」も危機感を持っています。
そのため、2022年に高齢者介護センターの規模とサービス範囲を拡大する方針を打ち立て、2025年までに高齢者介護センターの数を2倍(220軒)に、2030年までに老人ホームのベッド数を2倍(3万1,000床以上)に増やす計画が発表しました。
Ong Ye Kung保健相は「2010年から2020年の間に、MOHは約9,600床から16,200床へと70%増床した」と話し、過去10年間の変化を強調しつつも、今後はより一層積極的に高齢化対策を推し進める姿勢を表明しています。
シンガポールでは今後より一層、介護施設向けのサービスや、高齢者向けサービスへの社会的ニーズが増える見込みです。
これらの社会的な動向から、これまであった「親の面倒は自宅で看るべきであり、介護施設を利用することは憚られる」という文化的価値観の転換が必要とされてきているように感じます。

シンガポールにおける高齢化社会への取り組み
無理なく自立した生活が送れる「シニア向け住宅」へのニーズが拡大
高齢になっても地域社会の中で自立した生活を送ることができるように設計された新しいまちづくりや公共住宅へのニーズが、シンガポールで高まっています。
シンガポールの南西部に位置するQueens Townという地域では「HEALTH DISTRICT @ QUEENSTOWN」と呼ばれる区域があり、老若男女を問わず、住民がより健康的な生活を送り、住民の健康で生きがいのある生活を支援するために、科学的な根拠に基づく取り組みが試験的に実施されています。
これはシンガポール初の試みで、具体的には区域内のHDB(シンガポール政府が建設した公共住宅)、国立大学医療システム(NUHS)、シンガポール国立大学(NUS)などの他、数多くの機関やパートナーが連携し、幅広い専門知識と研究とテクノロジーを活用する場となっています。
建築環境、予防医療、ケアプログラム、社会研究、学術界、産業界など領域で技術提携が推進され、試験的に実施された成功例は、他の地区や団地にも拡大される予定となっています。
目的としては、住民がより健康で長生きすることや、雇用やボランティア活動を通じてより多くの住民が目的を持って活動すること、より良い社会支援と世代間の絆を生むこと、そして高齢者にとってより安全な環境で老後を過ごすことが挙げられています。
シンガポール西部にあるBukit Batokにも、政府機関が連携した高齢者向け住宅が完成しています。
国家開発省(MND)、保健省(MOH)、住宅開発局(HDB)が共同で開発した新しいコミュニティケアアパートメントで、高齢者の居住の選択肢を広げることが目的とされています。
65歳以上の高齢者が入居対象者で、高齢者が自立した生活を送り、将来の介護の必要性に備えることができるように設計されています。
24時間体制の緊急監視と対応、居住者間の交流と親密なコミュニティ形成を促進する専用プログラム、車椅子でアクセス可能なバスルームなどが利用可能で、オプションで日常生活動作の支援や、食事の宅配、洗濯、家事代行などの家事サービスが受けられます。
入居者同士の有意義な交流や参加を可能にするサービスやプログラムも用意されており、高齢者が自立し、生き生きと歳を重ねる「Age Well」を支援する新しい公共住宅のコンセプトが具現化されています。
このように「高齢者向けサービスを様々な領域と連動させることによって、どのように高齢者の暮らしをより質の高いものにできるか」という点に関して、俯瞰的な視点で取り組まれているプロジェクトがシンガポールでは進んでいます。
日本の高齢者向けサービスがプロジェクトの一部として参入できる可能性は大いにあると考えられるので、ご興味がある方はぜひシンガポール市場進出をご検討ください。
生涯現役に近いシニアが活躍できる環境と風土
シンガポールでは元気に活動的に生活できるシニアを「Active Senior(アクティブシニア)」といい、シンガポールでは特にそのように年を重ねることは大事なことだと考えられています。
実際、年を重ねても元気に活動できる人に対して、活躍の場が与えられている環境が日常的に見受けられます。
例えば、街中にあるホーカーセンターやコンビニで働いている高齢者の方の数は日本よりも多く見られます。
シンガポールの保険会社プルデンシャル・シンガポールは、高齢の社員が働き続けられるように定年を完全に撤廃しました。
生涯現役とも言えるシンガポールで活躍するアクティブシニアのニーズに応え、彼らが自立した生活を送れるようにするサービスや娯楽、テクノロジーが注目を浴びているのには、このような環境と風土があります。

シンガポール市場に参入する日系団体の事例
「Age Well Japan 2022」での展開がシンガポールのシニア市場に響く
弊社では2022年9月、シニア向け暮らしのパートナーサービス「もっとメイト」を運営する株式会社MIHARUと共催で、日本初のカンファレンスイベント「Age Well Japan 2022」を東京・渋谷で開催しました。

当日は総勢約190名の業界関係者・シニア世代・若者世代にご来場いただき、
参加者からは
- オンライン上での顧客設計の難しさを体感できた。体験設計において知見を得られたのは大きい。
- 日本の労働問題を解決する上でも、シニア世代のキャリア設計が重要であると感じた。
- シニア顧客のニーズ分析やマーケティングの難しさを、生の声を聞いて改めて実感した。
といったご感想をいただいた。
本取り組みをきっかけに、日本でシニア向けの場所づくりなどを展開する企業が、シンガポールのスタートアップ企業とコラボし、シンガポールの新しい施設で同様の取り組みを実施できないか議論をはじめています。
また、シニア向けの商品を販売する日本企業が、シンガポール市場に向けた大型発注を受け商談をすすめているなどの具体的な展開が動き始めています。
イベントの詳細については以下のブログに詳しくまとめていますので、気になる方はぜひご覧ください。
超高齢化社会先進国の日本が世界をリードする|「Age Well Japan 2022」を終えて
また、2022年11月には、シンガポール社会科学大学とPHILIPSが主催したイベント「Longevity Society: Recruiting and Retention of Talent in Health and Care Sector(長寿社会:医療・介護分野における人材確保と定着のために)」への登壇依頼を受け、「Age Well Japan」について公演を実施しました。
来場した介護業界関係者の方からは「日本の高齢者施設は実際どのようなものなのか?」などの質問があり、やはり高齢化社会先進国の日本での取り組みにとても関心がある様子でした。
特に「Age Well Japan」を共催した株式会社MIHARUは20〜30代の若い世代のスタッフが中心となった組織であり、運営主体での集合写真を見せたところ「こんなに若い人たちがAge Wellを牽引しているのか」と驚いていました。

すでに2023年の「Age Well Japan」に対して、日本とシンガポール・世界の高齢者市場を繋ぐプラットフォームとしての可能性に、ご参加いただいた多くの業界関係者から期待や関心が寄せられており、動きはじめています。
ご一緒に「Age Well Japan」を盛り上げてくださる企業様や、ご興味がある企業の皆様はこちらのフォームからご連絡いただけますと幸いです。
「Lovot」がシンガポールの大学と実証実験を実施中
日本発の高齢者向けロボットソリューション「Lovot」は、50以上のセンサーなど世界最高水準のテクノロジーを搭載しているロボットで、本当に生きている生物のような質感・温度・表情・行動をする商品です。
犬などの本物の動物とは違い散歩に行く必要がないため、高齢者にとって安全かつ衛生面にも問題がありません。
充電がなくなったら自力で充電器に戻ったり、搭載されているカメラから見守りもできるので、非接触が求められるコロナ禍での需要にも合致し、需要が伸びています。
2022年7月、SUSS(シンガポール社会大学)が、シンガポールの高齢化問題に取り組むソーシャル・インパクト・ハブを立ち上げ、「Lovot(らぼっと)」を試験的に導入するための資金を提供すると発表しました。
SUSSの学生は、シンガポールの高齢者を支援するコンパニオンロボットや入浴装置などのイノベーションを探求することとなっています。
「Ibasho Japan」がシンガポールに展開
第2章でご紹介した高齢者向けの住環境が整備されているシンガポールのBukit BatokとQueens Townでは、アメリカ在住の日本人女性・清田英巳氏が2011年に立ち上げた非営利プロジェクト「Ibasho」からインスピレーションを受けたシニア向けコミュニティが運営されています。
「Ibasho」はその名前の通り、高齢者が多世代と交流できる居場所を作り、高齢者への長期的なサポートと活躍の場を提供する取り組みで、高齢者が単にサービスを受ける側として受け身の立場に立つのではなく、有意義に、健康に、アクティブに年を重ねることができます。
Bukit Batokにひっそりと佇むカフェは、一見普通のカフェに見えるが、サービススタッフもお客様もシニアであることが特徴的なシニア向けコミュティになっています。
運営するサービススタッフはボランティアで活動し、一人暮らしの高齢者や社会的孤立の恐れがある高齢者が、新しい友人を作ったり、食事を楽んだり、一緒に学んだりできる社会的空間に引き込むことを目的として運営されています。
「Ibasho Queenstown@SG」は、非営利のコミュニティケアサービス「FaithActs」により運営されており、2022年の夏には世代間交流ができるワークショップが実施されていました。
【出典】FaithActs Webサイト
さいごに(日系企業の高齢者向けサービスに世界が注目)
海外進出の文脈では、これまで農林水産物、食品の海外輸出、インバウンド観光促進など、様々な分野ですでに積極的に取り組みが進められてきました。
しかしながら、弊社では世界的に迫り来る高齢化社会の課題解決を行う「シニアのウェルビーング」の領域こそ、日本が世界に打って出てリーダーシップをとることができる最高のテーマだと考えています。
なぜなら、超高齢化社会の日本ですでに当たり前にやっていることや、今まで試行錯誤しながら日本が実施してきた課題解決は、他の国から見たら先進事例であり、最先端の取り組みである可能性が非常に高いからです。
たとえば、シンガポールのように高齢化社会を突き進んでいる国では、日本はすでに「高齢化社会のお手本」とされていて「いろいろ聞いて学びたい、交流したい、ビジネスでコラボしたい」と考える方も多く、実際に、シンガポールの介護業界に精通し「Age Well Japan」にも登壇したケルビン・タン氏へは以下のように話しています。
日本の高齢者向けサービスは、品質と安心・安全であるという点が素晴らしい、技術面が信頼できる、すぐに壊れない(長持ちする)、値段が高いなどの、高品質なイメージがある一方で、全体的にサービスや商品に関する情報や説明が日本語だけなのでわからないことが多々あり、言語の壁を感じることが多いです。
そういう場合、書いてある情報を翻訳しないと使用できないのですが、いちいち調べていると時間がかかってしまいます。Web上では多言語のウェブサイトすらないことが多いので、海外から「ECで買いたくても買えない」という声も耳にします。
日本国内の市場に留まっていると、海外市場をリードする存在として拓かれた可能性に気がつくことができず、海外市場で機会損失してしまいます。
超高齢化社会に長年対応してきている日本はこの分野で課題先進国であるということを認識し、海外市場への進出に目を向ければ、見過ごしていたチャンスを得る可能性があります。
「Age Well Japan」は、日本国内の高齢者サービス・介護業界の知見を国内だけで完結せず、海外に向けて発信したり、海外の有識者や企業と議論し協力し合える機会になればと、今後も日本から世界を繋ぐプラットフォームとしての役割を担うべく積極的に取り組みを進める予定です。
本記事が、シンガポールをはじめとした海外市場における高齢者向けビジネスの可能性を考える際の参考となることを願っています。



