認知症対策は海外でも深刻|シンガポール事情を徹底解説
世界的に広がる高齢化社会の課題として、最も重要視されている具体的な症例が「認知症」です。
WHOによると、認知症は世界の高齢者の死因の第7位であり、障害や依存症の主要な原因のひとつともされています。
シンガポールは日本と比べて総人口が少ないので認知症患者の数で比較すると非常に少ないのですが、2023年に新しく公開された政府のアクションプランに「重要対策項目(Summary of Key Initiatives and Targets)」のひとつとして明記されるほど、国をあげて積極的に取り組みもうとしています。
また「認知症国家研究・診断・治療プログラム(National Research, Diagnosis and Treatment Programme for Dementia)」を政府が策定し、認知症の早期発見・治療・ケアに向けた研究や、認知症患者やその家族の支援に関する取り組みが進められ、2017〜2022年までの5年間で総額約110億円(1億5000万SGD)の資金提供が行われています。
このブログでは、認知症対策関連のサービスや商品を展開する日系企業の皆様が、シンガポール市場を皮切りに、海外の市場展開への可能性を検討するきっかけとなる情報を具体的にご紹介していきます。
ぜひ参考にしてみてください。
シンガポールで認知症対策が積極的な理由
高齢化に伴い認知症が増えているため対策が急務だから
多くの先進国と同様に、シンガポールでは総人口を占める高齢者の割合が急増しており、2022年には65歳以上の人口が18.4%にまで達しました。80歳以上の人口は、2012年から70%以上増加し、全体の3.7%である13万2,000人になっています。
このままでは2030年には、国民の約4人に1人(23.8%)が65歳以上となると予測されています。
そうした中、すでに60歳以上の「10人に1人」が認知症を患っており、2018年には8万2,000人を記録。2030年までには15万2,000人となると予想されています。
認知症患者のうち約50%は、肥満や高血圧、喫煙によりリスクが高まるとされる「血管性認知症」を患っています。
外資系企業でもシンガポール政府の支援を受けやすいから
認知症患者が急増しているとはいえ、シンガポールは国全体として人口が少ないので、その数は実際には日本やタイなどの他国と比較してかなり小規模であることは確かです。
それでもシンガポール市場の認知症対策に注目すべき理由は、シンガポールは国として資金が潤沢にあるため、積極的に認知症対策に投資(助成)しているから。
シンガポールは国土が狭くて自分たちがやれるのには限界があるため、どの業界においても外資系企業(シンガポール以外の国の企業)に対してとても寛容で、市場への新規参入がしやすいという特徴があります。
また、介護業界に関しては特に日系企業のサービス商品に対しては高品質で安全性が高いことが評価されている傾向が強く、高齢化社会先進国の日本での取り組みに注目が集まっています。
確かにシンガポール市場の規模は小さいですが、シンガポール市場への参入を他の海外市場進出への足がかりとして捉え、より大きな他国の市場に乗り出すためのテストマーケティングを行う場として活用することは非常におすすめです。
実際に、WHOは2021年に公開したレポート「Global status report on the public health response to dementia」で、2030年には世界人口の約7800万人が認知症を患い、2050年には1億3800万人を記録すと発表しています。
今後も十年以上にわたって増加し、世界中で対応が求められる認知症。
対策としてサービスや技術を持っている日系企業は、シンガポール市場への進出を皮切りに、全世界の市場への進出を目指してみてはいかがでしょうか。
2023年以降に認知症対策への取り組みが大きく動くと予想されるから
シンガポールは国土が狭く、国策がダイレクトに国民生活に反映される環境にあるため、どの産業においても日本以上に政府主導で推し進める傾向が非常に強くあります。
そのため、政府が発表する「アクションプラン(政府方針)」は、今後のシンガポール市場の動向を占う非常に重要なドキュメントとなります。
実際にシンガポール国内で、包括的に認知症に対する取り組みが始まったのはここ10年くらいで、シンガポール政府が2015年に初めて発表した高齢化社会に向けたアクションプランを打ち出してから、徐々に市場が変わってきました。
2023年には、2015年の内容を更新する形で、新たに「2023 Action Plan for Successful Ageing(2023年度 高齢化を成功裏に迎えるためのアクションプラン)」が発表され、「認知症」が重要対策項目(Summary of Key Initiatives and Targets)のひとつに明記されています。
これからますます国内外の民間企業が参入し、市場全体が盛り上がってくるはずの分野だと考えられるので、参入検討するならいまがまさに検討するのに最適な時期だと言えます。
2023年に公開されたアクションプランに関しては、以下のブログにより詳細にまとめていますのでご確認ください。
シンガポール高齢化のビジネスの種が見つかるアクションプラン2023
おまけ:シンガポールが抱える認知症に関する課題があるから
シンガポール国内では、認知症や介護に関して以下のような課題が議論されています。
認知症患者を介抱できる人材不足
家政婦として働く外国人労働者(domestic worker)に介護を依頼するケースが多くあります。
しかし、domestic workerの多くは女性であり、患者が男性の場合、肉体的にも心理的にも困難が生じます。
また、訓練された認知症ケア専門家の不足が深刻で、介護施設や在宅ケアのサービスの質の低下につながる可能性があります。
認知症患者の介護に関する知識や経験がない場合、患者に負担がかかり怒りや暴力に繋がる恐れがあります。
認知症への社会の理解不足、差別や偏見
認知症は、社会的なスティグマが付きまとっており、多くの人々が、認知症患者は社会から排除すべき存在であると考えられることがあります。
そのため、認知症患者が社会的な結びつきを維持することが難しい場合があり、課題とされています。
認知症患者が選べる選択肢の少なさ
本来、老人ホームは1日中サポートが必要で、家族からの支援を受けられない患者に適した施設です。
また、老人ホームには多額の費用がかかることや、暮らしてきたコミュニティから離れる必要がある等のデメリットがあります。
しかし現在、認知症患者は自宅か老人ホームという2択から選ぶ必要があり、自宅での介護が難しいという理由で老人ホームに入居する人が多くいます。
症状やニーズが多様である患者への対応が課題となっています。
シンガポール政府主導の認知症対策【7選】
シンガポール政府の保健省(MOH)は2016年、シンガポールにおける認知症の有病率に対応するための国家的な取り組みとして「Dementia Friendly Singapore(DFSG)」を発表しました。
これにより統合ケア庁(Agency for Integrated Care:AIC)とコミュニティパートナーは、認知症にやさしいコミュニティと認知症患者を支援する国家を構築することを目指しています。
統合ケア庁は、コミュニティケア分野の開発においてステークホルダーやパートナーと協力するため、Ministry of Health(日本でいう厚生労働省)傘下にある独立した企業体として設立されている機関です。
特に「予防活動の推進」「早期発見の奨励」「ケアとサポート」を提供することに注力されており、以下ではそれらに付随する政府主導の取り組みについて詳しくご紹介します。
【出典】Dementia Hub SG, About Dementia-Friendly Singapore (DFSG)
認知症フレンドリーな「街づくり」への取り組み
2016年より「Dementia-Friendly Singapore Initiative」という取り組みとして、認知症患者の暮らしやすい街づくりが実施されています。
「認知師匠フレンドリーで、認知症患者が暮らしやすい街」とは、その地域で暮らす人全員が認知症について知識があり、認知症患者と介護者がコミュニティ内でサポートを受けられる体制のことを指します。
2022年には、Yishun・Bedok・Toa Payoh Eastを始めとするシンガポール国内の15の地域で認知症フレンドリーな環境が整備され、今後国全体に広げていく予定です。
街づくりに関わる機関は「Dementia-Friendly Partners」と呼ばれ、以下のような機関が名を連ねています。
- 建築::Centre for Liveable Cities, Town Councils
- 芸術・レジャー:国立図書館(National Library Board), 国家遺産局 (National Heritage Board)
- 銀行:HSBC, DBS, POSB, Hong Leong Finance
- 小売り:Guardian, Pure and Well
- 交通:SMRT, Grab
【出典】The National Volunteer & Philanthropy Centre (NVPC), FULL REPORT – Dementia Colabs – Towards a dementia-inclusive Singapore, OCTOBER – DECEMBER 2021
2020年には、高齢者が多く暮らす「Kebun Baru」で、認知症患者が自宅へ帰れるように壁に絵を描いたり、子どもが患者へインタビューをする動画の制作が行われました。
また、Dementia Singaporeは認知症を含む社会の構築に向けた大きな一歩として、Kebun Baru Grassroots Organisationsと提携し「IDeAL@115」を発表しました。
「IDeAL@115」とは「Integrated Dementia (Home-based) Assisted Living」プロジェクトの略で、認知症のあるなしにかかわらず、高齢者が地域社会の中で自分らしく過ごすための新しいケアモデルを体現した施設です。
リー・シェンロン首相とKebun Baru Grassroots Organisationsのアドバイザーであるヘンリー・クウェック氏が「IDeAL@115」を見学に訪れた際には、立ち上げを成功させるために全てのコミュニティパートナーが結集したことを意味する壁画の仕上げを行い、入居する高齢者たちと交流しました。
【出典】Dementia Singapore, DEMENTIA SINGAPORE AND KEBUN BARU LAUNCH IDEAL@115 – A FIRST-OF-ITS-KIND, ASSISTED LIVING MODEL OF CARE, 30 March 2022
認知症患者の生活をサポートするスマートホームやIoT
シンガポールは世界1位のスマートシティーと言われるほど、IoTを中心とする様々なテクノロジーを活用した生活環境が整っている国の一つです。
認知症患者に対しても、スマートホームを導入することで、認知症の方が自立した生活を送れるようになったり、介護がしやすくなったりするメリットがあります。
具体的には、事故を防ぐために最高温度が調整できる電気コンロや、動きに合わせて自動点灯する照明、動きがないとアラートを出すセンサーやカメラなどのスマートホームモニタリングなどの家電製品が例に挙げられます。
スマート冷蔵庫は、介護者がアプリで中身を監視し、メモやリマインダーを簡単に追加することができます。
シンガポールのスマートシティーや実用化されているIoTの実情に関しては以下のブログで詳しく紹介しているので、ぜひご覧ください。
IoTの海外進出ならシンガポール市場参入を検討しよう|産業別事例集
もの忘れ外来の設置とサポート体制の強化
2015年に初めて発表されたアクションプランを機に、国内に23か所ある「Polyclinic」と呼ばれる公立診療所のうち、16か所に「メモリークリニック(もの忘れ外来)」が設置され、地域での認知症診断とケアへのアクセスが改善されました。
2023年に新たに公開されたアクションプランによると、うつ病や認知症などの精神疾患を持つ人やその予備軍にとって、地域の安全ネットワークとして機能する地域支援チーム「Community Resource, Engagement and Support Team(CREST)」の数を、2025年3月までに61チームから73チームに増やし、リスクのある高齢者を特定して、病院での診断を促す計画が発表されました。
CRESTによる診断後の支援チームの数も、試験的に現在の3倍の6つに増やし、介護者に活用できる情報や対処法を提供する予定です。
【出典】The National Volunteer & Philanthropy Centre (NVPC), FULL REPORT – Dementia Colabs – Towards a dementia-inclusive Singapore, OCTOBER – DECEMBER 2021
AIを用いた効率的な認知症検査方法の開発
現在、認知症の検査は専門家によって30分間かけて行なわれており、患者が識字能力を有している必要があります。
政府科技局とシンガポール総合病院は、AIを用いてより効率的な認知症検査の開発を進めています。
この新しい方法はタブレットに描かれた絵をもとにAIが診断するため、5分で完了するだけでなく、専門家の元で行われる必要がないので、検査数を増やすことができます。
2022年より1000人以上の高齢者が実際に検査を受け、有効性を検証してきました。
2024年にはより幅広いコミュニティに向け、実用化される予定となっています。
【出典】GovTech Singapore, Three ways tech is supporting Alzheimer’s, 22 Sep 2022
認知症患者に関わる個人・企業が活用できる情報ポータルの整備
非営利組織であるDementia Singaporeと保健省傘下の企業として高齢者のケアを行うAgency for Integrated Careは、2021年にシンガポール初の認知症に関するウェブサイト「DementiaHub.SG」を開設しました。
このポータルは、認知症患者や介護者、介護の専門家、地域社会の人々や企業に対して、認知症の症状の管理に関する記事や、ツールキット、ビデオなどが公開されています。
将来的には、シンガポールの4つの公用語への対応、パーソナライズされたコンテンツ、専門家が作成した資料、トレーニングコースの公開等が予定されています。
行方不明の認知症患者を捜索するアプリ「Cara」
Dementia Singaporeが提供する、認知症の行方不明者を捜索するアプリ「Cara」が運用されています。
アプリで行方不明者の写真と詳細が記載された報告書が提出されると、アプリを利用する全ユーザーと、行方不明者が最後に目撃された場所の町に住む50万人のユーザーを持つ「OneService」アプリのユーザーにも、同じ情報がプッシュ通知で送信されます。
「OneService」とは、近所での住宅リフォームがある時や、デング熱が発生した時などにアラートが送られてくるアプリです。
認知症の会員には、物理的な「CARA会員証」が発行されます。
会員証を提示することでカスタマイズされた特典を受けたり、サポートにアクセスすることができます。
また、各カードには固有のQRコードが付属され、重要なID情報と介護者の連絡先が記録されているので、認知症の方が行方不明になった際に、発見者が介護者へ連絡することができるようになっています。
認知症患者の状況を追体験できる「VRワークショップ」
オーストラリアで開発された、バーチャルリアリティを利用し、認知症患者の1日を体験できるプログラム「Enabling EDIE」がシンガポールの企業が母体となって実施されています。
3時間のワークショップを通じて、認知症に関する知識や理解不足を解消することを目指します。
仮想現実(VR)ゴーグルを活用して認知症の人の体験を疑似体験することで、医療従事者、介護者、福祉サービス従事者に、衰弱した状態に関する現実の知識を身につけさせ、共感的な対応をする方法を教えることを目的としています。
主催しているのは、認知症対策に特化された公共性の高いチャリティ団体「Dementia Singapore」です。
シンガポール国内の社会福祉サービスを束ねている「National Council of Social Service (NCSS)」により、2007年以来「Centre of Specialisation」に任命されてている機関で、コミュニティケア部門のトレーニングやスキルアップを担っている団体の1つです。
【出典】Singapore Institute of Technology, Dementia Care Training Using VR, 02 June 2022
シンガポール市場に展開する際のおすすめ協働事業者【3選】
シンガポールの市場参入においては、現地に根ざす企業との提携・共同によりサービス展開することがおすすめです。
なぜなら、すでに現地にパイプを持っている事業者と手を組むことで、より早く大きなインパクトを市場内に波及させることができるからです。
シンガポールは国土が小さいため、確かな影響力を生み出せるサービスを適切なネットワークを用いて普及させることで、あっという間にシンガポール全土に普及させることができるという特徴があります。
以下では、認知症関連の対策と協働できそうなシンガポールの事業者を厳選してご紹介させていただきます。
国内に200店舗以上ある「大手スーパーマーケット」
シンガポール政府は、シンガポールの大手スーパーマーケット200店舗以上を「Dementia Go-To-Points(GTP):認知症対応拠点」に指定し、シンガポールの大手スーパーマーケットチェーン「FairPrice」や「Sheng Siong」の店舗が認定されました。
GTPは、認知症の人が道に迷ったり、帰り道を思い出せなくなったりしたときに、一般の人が連れて行き、介護者と再会できる安全な帰還地点としての役割を担っています。
これらのスーパーマーケットで働くスタッフ1000人以上が、認知症患者への対応に関するトレーニングを受けています。
AICのチーフエグゼクティブであるTan Kwang Cheakは、スーパーマーケットと鉄道駅は、コミュニティで認知症の人を支援する役割を果たすことができる5つの主要セクターのうちの2つであると発言しています。
【出典】THE STRAITTIMES, More than 200 FairPrice, Sheng Siong outlets designated as dementia Go-To-Points, 2022年11月21日
従業員が顧客の認知症の兆候を認識・支援する取り組みを実施する「銀行」
シンガポール、2019年12月26日 – 認知症に優しいシンガポールへの意識を高めるため、DBS/POSBはAgency for Integrated Care(AIC)の認知症啓発(基礎)eラーニングコースを、シンガポールの全職員12,000人に展開しました。
このコースは、従業員が顧客の認知症の兆候を認識し、認知症のリスクを軽減する方法を特定し、認知症の兆候がある人とのコミュニケーション方法を学ぶためのスキルを身につけることを目的としています。
先週の開始以来、顧客と接するDBS/POSBの支店スタッフの90%がこのeラーニングコースを修了しており、認知症の顧客を金銭的な放置や搾取などの潜在的問題から守るための警告サインに気づくことができるようになっています。
また、シンガポール各地のコミュニティセンターで、認知症に対する認識を高め、高齢者の予防のヒントを提供するメンタルウェルネスアドボカシープログラムを主催しています。
さらに、DBS/POSBは地域の高齢者に向けて、金融リテラシー、セルフサービスバンキング、デジタルスキル、アクティブエイジングに関する教育を行っています。
【出典】DBS Bank Ltd, DBS/POSB staff help raise dementia awareness across Singapore
認知症GTPとして指定されている「MRT(シンガポールの地下鉄)」
シンガポール全土のSMRT公共交通網全98駅を、2022年末までに認知症Go-To Point(GTP)として整備する予定です。
現在、ネットワーク内の46の鉄道駅と、SMRTが運営する4つのバス・インターチェンジのすべてが認知症GTPとなっています。
2017年以降、SMRTは統合ケア庁(AIC)と協力し「認知症にやさしいシンガポール(DFSG)」構想のもと、認知症にやさしい取り組みを展開しています。
2019年にはSMRTのバス・インターチェンジが、20201年には鉄道駅が、シンガポールの公共交通機関として初めて認知症GTPに指定されました。
これらのGTPは、道に迷ったり、帰り道を覚えていないような認知症の人を連れてくることのできる「安全な帰り道」として機能します。
SMRTのスタッフは、認知症患者を識別し、介助するための訓練を受けており、介護者と再会するための支援をします。
実際にAICとDementia Singaporeの支援により、これまでに3,000人以上のSMRT職員が認知症の人への支援に関する訓練を受けています。

さいごに
シンガポールは日本と比べて総人口が少ないので認知症患者の数で比較すると非常に少ないのですが、2023年に新公開されたアクションプランに重要対策項目(Summary of Key Initiatives and Targets)のひとつとして明記されるほど、国をあげて積極的に取り組みを進めようとしています。
認知症対策関連のサービスや商品を展開する日系企業にとって、シンガポール市場を皮切りに海外の市場展開への可能性を模索するチャンスです。
該当する企業の方はぜひこのブログを参考に、検討してみてください。










