世界シェア70%の技術を持つ日本の製造業が、なぜ海外で知られていないのか
ドイツ・ハノーバーで開催された世界最大級の産業技術見本市、「Hannover Messe 2026(ハノーバーメッセ)」。
あるヒューズメーカーの技術者が、自社ブースに立っていました。英語は得意ではないが、製品への自信はある。通りかかったヨーロッパの大手メーカーのバイヤーが足を止め、製品を手に取って言いました。
This is incredible. How do you achieve this precision?
誇らしかった。手応えを感じた。名刺の連絡先にメールを送り、何度かリマインドもした。
「だけど、返信は来ませんでした。」
これは特定の会社の話ではありません。日本の中堅・中小製造業が、海外展示会で繰り返し経験している「あるある」です。技術は世界に通用する。でも、なぜか受注に繋がらない。その理由を、多くの企業はまだ正確に把握していないのが現状です。
本記事では、17年以上シンガポール市場で日本企業の海外進出を支援してきた知見をもとに、世界に誇れる技術を持つ日本企業がなぜ海外で知られていないのか、その構造的な原因を解説します。海外展開を検討している製造業の方に、ぜひ参考にしていただけたら幸いです。
「技術で勝って、伝え方で負けている」という現実
私たちがシンガポールに拠点を置いて、20年近くになります。
移住した当初、現地の家電量販店を歩くと、売り場の多くは日本ブランドで埋まっていました。ソニー、パナソニック、シャープ…、「日本製」という言葉が一種のステータスとして機能していた時代でした。
今はどうでしょう。シンガポールのショッピングモールや家電量販店を歩いてみてください。売り場を占拠しているのは、Dysonのコーナーディスプレイであり、DJIのドローン体験コーナーであり、Ankerの充電器コーナーです。日本ブランドの存在感は、20年前と比べて明らかに後退しました。
これらのブランドが優れているのは、製品性能だけではありません。「なぜこの製品が存在するのか」を語る力です。
例えば日本でも人気の家電メーカーDysonは、掃除機自体を売っているのではありません。「吸引力が落ちない」という課題解決の物語を売っているのです。DJIはドローンを売っているのではなく「誰もが空から世界を見られる」という体験を売っています。Ankerは充電器を売っているのではなく「テクノロジーをシンプルに、手の届く価格で」という思想を売っています。
一方、多くの日本の製造業が展示会やカタログで伝えているのは「スペック」です。
- 耐電圧〇〇V
- 動作温度範囲マイナス〇〇℃〜〇〇℃
- UL認証取得済み
これらは決して間違ってはいませんが、それだけではバイヤーの心は動きません。
「良いものを作れば、わかる人にはわかる」
その思いは尊いものです。しかし現実として、海外のバイヤーが1日に接触する製品・サプライヤー候補は数十社に上ります。その中で記憶に残るのは、スペックではなく「ストーリー」を持っている会社です。
【参考】DJIのYouTube
日本の製造業は、むしろこれからが本番
こう言うと「日本の製造業は凋落しているんじゃ…」と感じる方もいるかもしれません。
ですがUCサンディエゴ教授で日本の産業構造を長年研究するウリケ・シェーデ氏は、著書『シン・日本の経営』で「産業構造の変化により、日本企業の強さが見えにくくなっただけで、強さそのものは内部に存在している」と指摘しています。
つまり、かつてソニーやパナソニックのように日本ブランドが顔として世界に出ていた時代が終わり、今は部品・素材・BtoBサービスとして世界を裏側から支える構造に変わっただけです。
シンガポールの家電売り場で日本ブランドが見えにくくなったのは、日本の技術力が落ちたからではなく、「見せ方」が変わっていないからに過ぎません。
例えばスマートフォンの心臓部に使われるMLCC(積層セラミックコンデンサ)の世界シェアは、村田製作所・TDK・太陽誘電の日本3社で約60〜70%を占めています。半導体製造に使われるフォトレジスト(感光材)は、JSRと東京応化の2社で世界シェアの約70%を持っています。これらの製品はエンドユーザーの目には見えません。しかし、世界中の人々が毎日使うデバイスを文字通り支えているのです。
象徴的な事例が2つあるのでご紹介させて下さい。
事例① BBS:富山の匠が支えるF1のホイール
カーファンなら知らない人はいない、世界的に有名な高級ホイールメーカー「BBS」。2022年からはF1世界選手権への4シーズン独占供給が決定した、世界最高峰の舞台で認められたブランドです。
元はドイツ発祥ですが、現在このBBSのホイールを作っているのは、富山県の日本人の匠たちです。アルミニウム鍛造技術を支えてきた富山県のワシマイヤー社の技術を引き継ぎ、現在はBBS事業を傘下に持つ前田工繊(福井県坂井市)が、民生品からF1・NASCARのモータースポーツ専用品まで、富山の工場で製造し続けています。
「世界で最も過酷な条件で使われるホイール」を作っているのが、地方の日本人職人だという事実。これが今の日本製造業の本当の姿だと思うと、胸が熱くなります。
【出典】WEBCARTOP, じつは日本の匠が作ってる! F1への独占供給も決定した世界的ホイールの「BBS」とは (1/2ページ), 2022年2月16日
事例② 島精機:「和歌山のエジソン」が作った編み機が、エルメスを動かした
和歌山市に本社を置く島精機製作所は、600以上の特許を持つ創業者・島正博会長が1995年に世界で初めて開発した「ホールガーメントコンピュータ横編み機」で知られています。
縫い目のないニット製品を一着丸ごと立体的に編み上げるこの機械は、エルメス、グッチ、アルマーニなど欧州の高級ブランド、さらにはユニクロまでが採用しています。裁断が不要なため、従来のニット製品で発生していた約30%の廃棄ロスをゼロにできるという、環境面でも革新的な技術です。
しかし、ここにも「伝え方」の課題があります。島精機ほどの技術力・グローバル展開力を持つ企業でも、海外メディアへの露出は自社の実力に比べて十分とは言えません。一方で、ドイツのKarl Mayer(旧Stoll)などの競合他社は、最新技術・顧客事例・サステナビリティへの取り組みを積極的にプレスリリースやメディア掲載という形で世界に発信し続けています。
技術・製品で勝っていても「伝える仕組み」が追いついていなければ、バイヤーやメディアには見えない会社になってしまいます。
【出典】Bloomberg, エルメスも採用「和歌山のエジソン」開発の編み機世界へ-島精機, 2017年10月2日
海外メディアはとっくに「日本の匠」に注目している
実は、海外の主要メディアはすでに日本の製造業・職人技に熱い視線を向けています。
米スミソニアン・マガジンは、大阪・堺市の包丁職人を大特集しました。堺の包丁は日本の料理人の90%が使用するほどの圧倒的シェアを誇りますが、記事では「14世紀の刀鍛冶から受け継いだ技術が、現代の料理包丁に生きている」という文脈で、職人の仕事が詳細に紹介されました。現在では欧米のシェフやコレクターが堺に直接訪れ、職人から購入するための国際的なツアーが組まれるほどの人気となっています。
シマノも同様です。大阪府堺市に本社を置くシマノは、自転車変速機の世界市場で圧倒的なポジションを誇ります。欧米の自転車専門誌やスポーツメディアでは「シマノなしに現代のサイクリングは語れない」と表現されることも多く、製品スペックだけでなく「日本のものづくりが支える世界のスポーツ」という文脈で語られています。製品の精度と信頼性が、すでにブランドの物語として海外市場に浸透している良い事例です。
これらの共通点は何でしょうか。技術力だけではありません。
なぜそれが生まれたか
誰が作っているか
何を守り続けているか
その文脈ごと、海外メディアが伝えているのです。
シンガポールのバイヤーやメディア関係者と日々接する中でも、この傾向は肌で感じます。彼らは「日本製だから良い」ではなく、「なぜ日本で作られているのか」を聞きたがっています。
FrostiX社のシンガポールへの挑戦
ここまで読んで、「うちには世界シェアもF1もエルメスもない」と感じる方もいるかもしれません。だから、私たちが実際に支援した1社の話をさせてください。
FrostiX株式会社(東京都)。普通なら凍らない高濃度の塩水を使って、従来の20倍以上のスピードで急速凍結できる「ハイブリッドアイス」を作る技術を持つ製氷機メーカーです。石油由来のドライアイスに代わるサステナブルな冷却ソリューションとして、水産加工業界を皮切りに、将来は臓器輸送・データセンター冷却まで応用が広がる可能性を秘めています。
ですが、その技術は、まだ世界に十分には伝わっていませんでした。冒頭のヒューズメーカーと、構造はまったく同じでした。技術は本物。でも、それを海外バイヤーの心に届ける「設計」がまだ作られていない状態でした。
2024年、FrostiXは東南アジア最大級の水産展示会「Seafood Expo Asia 2024」(シンガポール)に初出展。私たちVivid Creationsはブース設計から事前準備、当日の運営、事後フォローまでを伴走しました。
| 指標 | 結果 | 一般的な水準との比較 |
|---|---|---|
| 名刺交換数 | 500枚以上 | 展示会で150〜200枚が一般的 |
| 面談シート記録 | 100件以上 | 名刺の25%が具体商談見込み(通常10〜20%) |
そして展示会後、現在も複数の商談が進行中です。
私たちが具体的にやったことは、派手なものではありません。ハイブリッドアイスで急速冷凍した魚を使った寿司をその場で握って提供し、ブースの前を通り過ぎた人を立ち止まらせる。英語の誘引トークスクリプトを事前作成し、運営スタッフ全員で統一する。面談シートで「名刺の人物がどんな課題を抱えていたか」を全件記録し、展示会後に優先順位をつけてフォローする。
すべて「伝える側」の地道な準備です。でも、これが「Amazingと言われて終わる展示会」と「商談化する展示会」を分けるのです。
展示会は事前準備が9割。FrostiX社との協働で、私たちが改めて確信したことです。
初出展で次々と商談化!FrostiXが挑戦したシンガポール展示会の舞台裏
「Made in Japan」ではなく「Why Japan-made」へ
では、具体的に何を変えればいいのでしょうか。キーワードは「Why Japan-made」です。
シンガポールで20年近く日本企業の海外展開を支援してきた立場から言うと、「日本製です」は、もはや差別化になりません。現地のバイヤーや消費者が知りたいのは「なぜ日本で作られているのか」「そこにどんな思想・文化・こだわりがあるのか」です。
堺の包丁がスミソニアンに取り上げられたのは「切れ味が世界最高だから」だけではありません。「14世紀の刀鍛冶から続く分業の文化が、1本の包丁に宿っているから」です。BBSがF1の舞台で使われ続けるのは、「スペックが高いから」だけではありません。「富山の職人が極限の精度を追い求め続けているから」です。島精機のホールガーメント技術がエルメスに採用されたのは「縫い目がないから」だけではありません。「廃棄ロスをなくしたいという思想から生まれた、一人の発明家の執念の結晶だから」です。
伝えるべきは、次の3つの要素です。
【1】背景(Origin)
この会社は何のために存在しているのか。創業の経緯、技術の源流、守り続けてきたこと。
【2】人(People)
誰が作っているのか。職人の顔、エンジニアの言葉、現場の誇り。BtoBであっても、海外バイヤーは「人」に共感して取引を決めます。
【3】プロセス(Process)
どのように作られているのか。精度にこだわる理由、素材選びの哲学、品質管理の文化。
この3つを言語化し、英語でも発信できる形に整えることが「展示会に出る」「英語サイトを作る」のその先にある、本当の海外マーケティングの入り口です。
「作ること」と「伝えること」は、別の脳を使う
一つ重要なことをお伝えしたいと思います。「作ること」と「伝えること」は、まったく別の思考回路であり、別のスキルセットです。
日本の製造業が世界最高水準の「作る力」を持っていることは、疑いようがありません。
- 0.001mmの精度を追い求める集中力
- 素材の特性を知り尽くした職人の感覚
- 改良を重ね続ける粘り強さ
これらはすべて、「作る」という行為に最適化された思考と訓練から生まれるものです。
しかし「伝える」は、まったく異なる脳を使います。どのメディアに、どんな言葉で、誰の感情に訴えかけるか。文化の違いを超えてストーリーを届けるには、ターゲット市場の消費者心理、現地メディアのトーン、プレスリリースの書き方から、SNSのアルゴリズムまで「作る」こととはまったく異なる専門知識と経験が必要になります。
世界はまだ、日本のものづくりを待っている
シンガポールの家電量販店で、かつて日本ブランドが占めていた棚を眺めるたびに、私たちは複雑な気持ちになります。しかしそれは、悲観ではありません。むしろ、大きな可能性を感じます。
技術力が落ちたわけではありません。伝える場所に立っていないだけです。
富山の匠がF1のホイールを作り、堺の職人がニューヨークのシェフのための包丁を鍛え、和歌山の発明家の編み機がエルメスのニットを生み出す。この連鎖はすでに起きています。しかしこれは、まだほんの一部に過ぎません。日本全国の工場や町工場には、世界が知るべき技術と物語が、まだ無数に眠っています。
「技術力 × 伝える力」
この掛け算が揃ったとき、日本の製造業はもう一度、世界の舞台の主役になれます。
そして日本の製造業には世界で戦える圧倒的な「作る力」はすでにある。海外市場に「伝える力」は、私たちが一緒に作ります。
弊社では、シンガポール・ASEANへの進出を検討している日本の製造業・メーカーの方を対象に、海外マーケティング・PR戦略の初回相談を承っています。「まだ具体的な計画はないけど、情報収集したい」という段階でもまずはお気軽に以下のフォームよりご相談ください。
本記事が海外進出を目指す日本の製造業の皆様にとって、参考になれば嬉しいです。


