海外展開への最初の一歩を日本国内から始める「0段階」徹底解説
「いつかシンガポールに進出したい。」
そう思って海外展示会に足を運び、現地を視察し、業者に相談もしてきた。それでも結局、具体的な「最初の一歩」を踏み出せないまま、時間だけが過ぎている。
実はこのようなご相談を、意外と多く耳にします。
なかなか踏み出せない原因は、海外進出の一歩として「海外出店」や「輸出」がイメージされやすい一方で、どちらも気軽には取り組みにくいからかもしれません。
ですが、これらだけが海外進出への一歩ではありません。とりわけシンガポール進出を目指す飲食業界では、そのことが顕著に表れています。
今、シンガポールでは正反対の2つの現象が同時に起きています。ひとつは飲食店が次々と閉店していること。もうひとつは、シンガポールの人々がかつてない規模で訪日していること。
この2つを重ねて見たときに、日本国内で踏み出せる現実的な「最初の一歩」が浮かび上がります。それが今回ご紹介する海外進出の「段階0」という考え方です。
シンガポール進出が難しいと感じる飲食業界に特化して、日本国内で取り組む「段階0」とは具体的に何かを、事例を交えてたっぷりご紹介します。ぜひ参考にしてください。
「あのお店、もう閉まってた」が急増中
以前行ったお店に「久しぶりに行こう」と思ってGoogleマップで調べると「閉業」の文字が出てきた。今年に入ってそんな経験が個人的にとても増えていると感じています。
二十年近くシンガポールで暮らしているのですが、行きつけのお店が閉まっているのを知らずに訪れ、シャッターの前で立ち尽くしたことが何度も起きている最近の状況はかつてないことです。
今やGoogleマップで「本当に今も営業しているか」を事前確認するのが習慣になりました。それほど今のシンガポールのF&B市場は厳しいと感じています。
データで見るシンガポールF&B市場の現実(2024〜2025)
シンガポールのF&B業界の不振は、感覚的な話ではありません。報道されている内容を以下にまとめました。
| テーマ | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 2024年の飲食関連閉店数 | 閉店数は3,000店舗超。 2005年以来20年ぶりの高水準。 | CNA |
| 閉店ペース(2024年1〜9月平均) | 月平均274店舗。コロナ禍ピーク時(月平均170店)を大幅に上回る。 | Knight Frank |
| ミシュランレストランが減少 | 2024年版に掲載されていた1つ星42店が、2025年版では32店へと10店減少。うち8店が閉店。 | Michelin Guide Singapore 2025 |
| 高級・ファインダイニングへの打撃 | 日本料理では、OshinoやShinjiが閉店後に別コンセプトへ移行し、Esoraも2025年末で閉店するなど、ミシュラン級の日本料理店でも大きな変化が相次いだ。 | Time Out Singapore The Business Times |
| 中国系F&Bブランドの急台頭 | 中国国内での競争激化や利益率低下を背景に、Luckin Coffee、Chagee、Mixueなどの中国系F&Bブランドがシンガポールへ積極的に進出。2024年6月時点で中国系F&Bブランドは32ブランド・184店舗に達し、低価格や効率的な運営を武器に既存店との競争を激化させている。 | Caixin Global The Business Times CNA |
| 高級和食が直面する 「日本旅行代替」問題 | 円安や訪日需要の拡大を背景に、日本で本場の料理を食べる方が、シンガポール国内で高価格帯の日本食を食べるより割安と感じる消費者が増えている。 | JETRO:Japan Food, Meidi-ya取材 |
不動産・コンサルティング大手Knight Frankは2024年に発行したレポートで、シンガポールの小売市場について「財務基盤の強い企業だけが生き残れる可能性がある」と指摘しています。
この市場環境を日本企業のシンガポール市場進出という観点から見ると、ひと言で言えば「準備不足の進出が、これまで以上に淘汰される時代になった」ということが言えます。
「日本から来た有名店」というブランドだけではまったく十分ではありません。参入コストが高く競争が激しい一方で、シンガポールの消費者は日本食に対する知識や経験を着実に深めています。
さらに訪日旅行の増加によって、日本で本場の味を体験する機会も増えました。JETROの現地取材では、訪日旅行の増加を背景に、日本で本場の料理を楽しむ方がシンガポール国内で高価格帯の日本食を食べるより割安だと感じる消費者が増えており、中〜高価格帯の日本食レストランが苦戦しているとの指摘が紹介されています。
だからといって「シンガポール進出はやめた方がいい」という話ではありません。重要なのは海外進出するかどうかではなく、どのようなステップで進出準備をするかです。
その海外進出に向けた「最初の一歩の踏み出し方」を考えるヒントは、同じ時期に起きていたもう一つの現象の中にあると私たちは考えています。
なぜ今、シンガポール人は日本に来ているのか
ここまで読んで気持ちが沈んだ方もいるかもしれませんが、お伝えしたいのはその逆です。
シンガポールのF&B市場が20年ぶりの閉店ラッシュに見舞われていたその裏で、正反対の現象が起きていました。シンガポールから日本へ向かう人がかつてない規模に膨らんでいるのです。
2024年、シンガポールからの訪日外客数は69万1,100人と過去最高を記録しました。これは同国の人口約604万人の11%に相当する規模です。もちろん延べ人数なので、実際に訪日したシンガポール人が人口の11%いたという意味ではありません。それでも日本がシンガポール市場にとってコロナ以来ますます身近な旅行先になっていることを示す数字と言えるでしょう。
| データ | 数値・市況 | 出典 |
|---|---|---|
| シンガポールからの 訪日客数(2024年) | 69万1,100人 (過去最高、前年比+16.9%) | JNTOシンガポール事務所 |
| シンガポールからの訪日客数 (2024年12月単月) | 13万6,200人 (前年比+19.8%) | JNTOシンガポール事務所 |
| 訪日外国人全体 | 3,686万9,900人 (年間過去最高) | JNTO |
| 訪日外国人旅行消費額 | 8兆1,257億円 (前年比+53.1%、過去最高) | 観光庁 |
| 為替 | SGD高・JPY安が訪日需要を後押し | JNTOシンガポール事務所 |
背景にあるのは、一時的なブームではありません。円安に加え、新規直行便の就航、SNSでの情報拡散、そして日本食への根強い関心。これらが複合的に重なった、構造的なトレンドです。
このトレンドを踏まえると、これまでの「シンガポールへどう進出するか」という発想は少し遠回りかもしれません。ターゲットとなる日本の商品や食を楽しみたいシンガポールの日本ファンは、すでに日本へ来てくれているからです。日本企業がコストをかけてシンガポールへ出店するのではなく、訪日するシンガポール人をターゲットにするところから海外進出の一歩は始められる可能性があるのです。
海外進出は日本にいながらでもできるかもしれない。ですが問題は、こうしたシンガポールからの訪日観光客との接点がつくれるか否かです。
せっかく日本を訪れても、あなたの存在を知らなければ素通りされてしまう。逆に来日前から知ってもらえていれば、彼らはわざわざ来日した際に来店してくれて、シンガポールに帰国してから商品やサービスの良さを口コミしてくれるかもしれません。
では、日本に来ているシンガポール人と出会うために、日本市場にいながら何ができるのか。その具体的な考え方が、これからお話しする海外進出に向けた「段階0」です。
海外展開に「段階0」という考え方
多くの経営者が海外展開を考えるとき「海外進出」というゴールから逆算して考えることがほとんどかと思います。
現地の物件、運営資金、スタッフの手配とトレーニング、政府や諸機関の許認可…
どれも欠かせない要素ですが、その手前にあるはずの「その海外市場で、自分たちは受け入れられるのか」という検証が抜け落ちてしまうことが少なくありません。
そこで提案したいのが、海外進出の「段階0」という考え方です。海外進出を「出店」という一足飛びのゴールとして捉えるのではなく、そこに至るまでの助走として段階を以下のように分けて考えます。
| 段階 | フェーズ | 内容 | 場所 |
|---|---|---|---|
| 段階0 | 訪日インバウンドで ファンをつくる | 日本に来ているシンガポール人旅行者に自社の飲食・商品を体験してもらい、SNSや口コミで認知を広げる | 日本国内 |
| 段階1 | 現地で検証する | シンガポール現地でのリサーチ・テスト展開・PR・KOL活用で受容性を確認 | シンガポール |
| 段階2 | 現地に本格進出する | ファンと実績を持った状態での出店・輸出・現地パートナーシップ | シンガポール |
多くの企業が「段階1」や「段階2」から海外進出を始めようとします。現地の反応がまだ分からないまま、コストがかかる出店や輸出に踏み切る。これでは出たとこ勝負で不確実要素が多すぎるので、準備不足のまま市場に飲み込まれてしまうことになります。
ご提案したい「段階0」という段階は、海外展開しないという選択ではありません。日本に来ているシンガポール人にファンになってもらい、その熱量を現地へ持ち帰ってもらうという、むしろ海外進出の勝率を上げるための準備期間です。この土台があるかないかで「段階1」「段階2」の成功率が大きく変わる可能性があります。
そして何より重要なのは「段階0」は日本国内にいながら、今すぐ始められるということです。現地法人の設立や輸出に関する懸念も、多額の初期投資も要りません。今あるお店で、今ある商品のまま、明日からすぐに着手できます。
では、海外進出の「段階0」として具体的に何をすればいいのか。次の章で3つのアクションに分けてご紹介します。
「段階0」でできる具体的なアクション3つ
海外進出の「段階0」は特別な設備も現地法人も、海外渡航さえも必要としません。今あるお店、今ある商品のまま、日本国内で始められます。具体的なアクションを3つに整理してご紹介するので、ぜひ参考にしてください。
① SNS投稿に外国語を併記する(今のアカウントのままでよい)
最初の一歩は、既存のSNS投稿への外国語の併記です。よく海外進出を考えているクライアント様は「海外向けに専用の英語アカウントを作らなければ」と考えるケースが多いのですが、その必要はありません。むしろ、すでに日本市場向けに運用しているアカウントがあるのであれば、そのアカウントで投稿する際に外国語を併記するというのが、これまで数多くのアカウント運用に携わってきた私たちの結論です。
なぜなら海外用と日本用でアカウントを分けて運用するのは、日英両方でコンテンツを作り分け、2つのアカウントを並行して管理し続けるということで、通常の店舗運営のかたわらで担える作業量ではありません。多くの場合、途中で更新が止まってしまいます。
なので、今すでにSNSを運用している場合はアカウントをそのまま活用し、投稿に英語を併記するだけで十分です。SNSには自動翻訳機能がありますがそれに任せきりにせず、キャプションに英語のテキストを自分で入れておくことをおすすめします。検索に引っかかりやすくなり、翻訳の精度に左右されず、意図した通りに伝わるからです。
やることはまず、今後SNSアカウントで投稿する際に英語を併記しましょう。そのうえで、訪日客が検索しやすいキーワードを意識して、観光地やグルメに関する英語のタグを付ける。
シンガポールは、前年比率で18%の利用者増と急伸しているTikTokだけで人口の約6割が利用するSNS大国です。旅行先を決める際にも、SNSは大きな役割を果たしています。。実際、市場調査会社TGM Researchがシンガポールの成人1,000人を対象に実施した調査でも、旅行の意思決定においてSNSやデジタルチャネルが重要な役割を担っていることが示されています。だからこそSNSでの多言語発信は、訪日を検討している層に届きやすいのです。
もう一つ大切なのが、日本人には当たり前の情報こそ、外国人目線で丁寧に補って情報発信することです。たとえば店への行き方も、日本人なら分かる前提で省略された情報提供をしているケースがあります。アクセスは必ず空港や最寄りの大きな駅からの道順を示すようにして、旅行者が迷わず安心して来れるようにしましょう。どんな些細なことでも「これくらい分かるだろう」という前提を一度外すことが重要です。
| 対応項目 | 内容 |
|---|---|
| 投稿言語 | 日本語+英語(必須)の2言語、または 日本語+英語(必須)+繁体字中国語(推奨)の3言語 |
| 投稿テーマ | 看板メニューの調理工程、季節限定商品、職人の技、「Instagrammable(インスタ映え)」な盛り付け |
| ハッシュタグ設計 | japantravel/#tokyofood/#sgeats(シンガポール人が使用しているタグ)/地域名/料理ジャンル名 |
シンガポールが「食」への関心が非常に高い国であることも見逃せません。SNS上での食の発信量は世界でもトップクラスで、Instagramには「#singaporefood」のタグが付いた投稿が約190万件存在します。

彼らにとって「日本旅行中の食体験」は最もSNSで発信したいコンテンツのひとつ。この熱量を取り込むには「撮りたくなる体験」を用意し、英語で発信しやすい導線を整えることが出発点になります。
② 最適な現地メディア・KOL・インフルエンサーを選ぶ
次に有効なのがシンガポールの「KOL(Key Opinion Leader)」やインフルエンサーを日本に招き、実際に来店・体験してもらう手法です。自社発信よりも第三者のリアルな体験レポートのほうが信頼されやすく、フォロワーへのリーチ力も大きいので、訪日予定者の行動計画に直接組み込まれやすくなります。
ですが、この施策の成否は「誰を選ぶか」でほぼ決まります。そしてその選定が最も難しいのです。
日本にいながらデスクリサーチで候補を挙げること自体はできなくはありません。ただし、シンガポールで「今まさに人気の人」「これから伸びる人」を的確に見極めるのは、現地に住んでいる私たちでさえ難しいと感じるほどです。シンガポールではSNSのトレンドは移り変わりが速く、フォロワー数の多さと影響力の実態が一致しないことも多いからです。
見極めのポイントは、フォロワー数ではなく、エンゲージメントの質です。数は少なくても、フォロワーとの信頼関係が濃く、高いエンゲージメントを持つインフルエンサーを選べれば、それが最も理想的です。これを判断するには英語や中国語のコメント欄を実際に読み込み、フォロワーがどう反応しているかを確認するしかありません。
実は過去に経験したあるプロジェクトで、クライアントから「この人に依頼したい」というインフルエンサーへの指名がありました。ですがその方は有償のオファーしか受けない印象が強く、私たちには「本当に商品を良いと思って発信してくれるだろうか」という懸念がありました。一方で私たちはオーガニックに商品の魅力が伝わるような、純粋に「これを紹介したい」という熱量で投稿してくれそうな別の方を推していました。
最終的に指名いただいた方を起用することになったのですが、結果はイマイチ。もちろん効果がなかったわけではありませんが、受け手にとって最も信頼されるのは、PR感を感じるものではなく、本人の本心から発信された発信です。また他にも「シンガポール向けなのに、なぜこの人選なのか」という違和感の残る起用も何度か目にしてきました。だからこそKOLやインフルエンサーの選定は、数字や知名度だけで決めるべきではないと実感しています。

また、プラットフォームの使い分けも重要です。シンガポールでは、Instagram・TikTok・Facebook・Xiaohongshu(小紅書)が主要SNSです。Instagramは飲食・旅行レビューが根強い人気を持ち、TikTokは「旅行前の下調べ動画」が急成長中。Xiaohongshuは、中国本土をはじめシンガポールや中国以外の国々在住の中国語話者に強くリーチでき、関与度の高いレビューが特に拡散しやすい特徴があります。
シンガポールは市場規模が小さいので、フォロワー4万人のシンガポールKOLは、人口規模で換算すると日本の約104万人相当の影響力を持ちます。一人の発信が、社会に広く波及しやすいのです。
インフルエンサーを規模と特性で整理すると以下のようになります。ただし、これはあくまで全体像をつかむための「一例」として参考にしてください。
| タイプ | フォロワー規模 | 特徴・活用場面 | 主要プラットフォーム |
|---|---|---|---|
| 大手フードブロガー | 10万〜200万フォロワー | DanielFoodDiary(月間200万PV超)、Eatbook、Sethlui.com 等。日本含む海外レストラン特集も多く、訪日前のリサーチ層にリーチできるとされる。 | Instagram / ブログ / YouTube |
| 中堅フードKOL | 1万〜30万フォロワー | エンゲージメント率が高く、コメント欄での口コミ拡散力も大。費用対効果が高いと考えられている層。 | Instagram / TikTok |
| ライフスタイル系 インフルエンサー | 5万〜90万フォロワー | Mongabong(@mongabong、30万超)等。食・旅行・ライフスタイルを横断し、特に女性25〜40代のシンガポール人にリーチ。旅行計画への影響力をがあるとされる層。 | Instagram / YouTube |
| ナノ〜マイクロKOL | 1,000〜1万フォロワー | エンゲージメント率15〜20%超の高信頼層。フォロワーが実際の知人・友人の距離感に近い。個人の来日体験UGCとしての信頼性が最も高いとされる。 | Instagram / TikTok |
こうしたタイプ分けは目安になりますが、実際に「自社の商品を、いま、誰に発信してもらうのが最適か」となると話は別です。旬の人選はその時々で変わり、コメント欄まで読み込んで初めて見えてきます。
ここは独力で抱え込まず、現地を継続的にウォッチしている私たちのような、現地在住のパートナーを頼っていただくのが遠回りに見えて一番の近道です。最適な一人をご一緒に探します。
③ 来店客のUGC(口コミ・投稿)を促す仕掛け
3つ目は、来店したシンガポール人旅行者が自発的に発信したくなる仕掛けづくりです。
先述の②が「発信力のある人に来てもらう」施策なら、ここでご紹介したいのは「来てくれた一人ひとりが、自然に発信したくなる」状態をつくる施策です。とっても地味な施策に聞こえるかもしれないのですが、正直これが一番大事で、持続可能性のある重要な取り組みだと長年海外進出をご支援する中で感じています。
鍵になるのは「発信のハードルを下げること」と「発信したくなる体験をつくること」の2つです。どんなに良い体験でも発信が面倒なら発信されません。逆に発信しやすくても、シェアしたくなる魅力がなければ広がりません。この両方を店側があらかじめ設計しておくことが重要です。
とはいえ、大がかりな投資は要りません。今日からでも始められる仕掛けを5つご紹介するので参考にしてください。
| 施策の概要 | 内容 |
|---|---|
| 英語対応メニュー・ポップの設置 | 最低限の英語表記で、「写真を撮って投稿したくなる」デザインにする |
| フォトスポットの設計 | ブランドロゴ入りの背景、映える盛り付け、写真に収めたくなる器や空間 |
| 英語ハッシュタグの提示 | テーブルポップやメニューに「#〇〇 to share」と英語で明示 |
| 投稿特典の設定 | 投稿+フォローで次回割引や小菓子プレゼントなど、軽い動機づけ |
| 多言語スタッフ・案内カード | 「SNSで感想を教えてください」と英語・中国語で記したカードを、レシートに添えて渡す |
これらはどれも一度用意すれば繰り返し効果を発揮します。1枚のポップ、1つのフォトスポットが顧客の投稿(UGC)を生み、それが次の来店客を連れてくる。このような小さな仕掛けの積み重ねがUGCの循環をつくっていきます。
事例:「段階0」を体現する2つのブランド
海外進出「段階0」を実践していると感じた2つのブランドをご紹介します。具体的なイメージを描く際に、ぜひ参考にしてください。
① NEW YORK PERFECT CHEESE:実店舗の体験がUGCを生む
2017年の開店から毎日行列が続くチーズ菓子専門店「NEW YORK PERFECT CHEESE」。シンガポールのデータではないのですが、ジーリーメディアグループが2024年に発表した調査では「訪日台湾人・香港人が日本で買いたいお菓子」ランキングで1位を獲得しました。
数量限定を徹底していることで知られるブランドで、朝から行列ができ、購入制限のアナウンスが出るほど希少性が高く「日本人でも買いにくいお菓子」としてシンガポールで知られています。
この圧倒的な希少性がSNSでの発信意欲を刺激しており、TikTokでは、「何時に並べばいいか」といった攻略法を紹介する投稿まで、訪日旅行者自身の手で自発的につくられ、拡散されています。限定性が話題を呼び、来店体験そのものが次の投稿を生む。日本に実店舗を持つブランドが、訪日客のUGCで認知を広げていく一例と言えます。

② Ippodo Tea:オンライン発信が越境ファンをつくる
京都の老舗日本茶ブランド「一保堂茶舗」は海外で大人気なのにもかかわらず、海外に常設の直営店を持っていません。一方で、英語での越境ECサイトや、抹茶の淹れ方を解説する多言語コンテンツを通じて、世界中にファンを広げ続けています。
注目したいのはもちろん、実店舗を海外に構えなくても、発信の力で「知っている人向けの名門ブランド」としての認知を現地に築いている点です。
実際、シンガポールでは百貨店の催事やポップアップに出店すると、現地メディアが「京都の有名店」として紹介するほど有名です。多言語での丁寧な発信によって、ブランド自体が海外市場に出向く前から現地にファンがいる状態を作っている。海外出店「段階0」が、飲食店だけでなく食品メーカーにも有効であることを示す好例です。

「段階0」を終えた先:進出への接続
ここまで、日本国内でできる段階0のアクションを見てきました。ただし、段階0はあくまで助走であり、ゴールではありません。ここで育てたファンや実績を土台に、次のステップへ進んでいきます。
| 段階 | フェーズ | 内容 | 場所 |
|---|---|---|---|
| 段階0 | 訪日インバウンドで ファンをつくる | 日本に来ているシンガポール人旅行者に自社の飲食・商品を体験してもらい、SNSや口コミで認知を広げる | 日本国内 |
| 段階1 | 現地で検証する | シンガポール現地でのリサーチ・テスト展開・PR・KOL活用で受容性を確認 | シンガポール |
| 段階2 | 現地に本格進出する | ファンと実績を持った状態での出店・輸出・現地パートナーシップ | シンガポール |
「段階1」は現地での検証がテーマだと考えるフェーズです。シンガポール現地でのリサーチ、グループインタビュー、小規模なテスト展開、現地催事などでのPR・KOLの活用を通じて、自社の商品やサービスが現地の生活の中で受け入れられるかを確かめます。ポイントはいきなり大きく賭けに出るような施策をしないことです。「段階0」で得たファンの反応を手がかりに、小さく試しながら精度を上げていきます。
特にグループインタビューを実施することで、現地のリアルな声を吸い上げることができるのでとてもおすすめです。以下の記事で詳しくご紹介しているのでぜひ参考にしてください。
「段階2」は現地市場への本格進出を進めるフェーズです。出店テナントや業態、輸出の手配、現地パートナーとの提携などを具体的にプランし実行します。この段階では「段階0」「段階1」で積み上げてきたものが必ず効いてきます。
当たり前ですが「知っているブランド」として現地に乗り込むのと「知らないブランド」として新規参入するのとでは、スタートラインがまるで違います。「段階0」で築いたブランド資産、つまり現地にすでにファンがいて、SNSに自社を紹介する投稿があるという状態は、現地での出店交渉やパートナーシップの獲得、メディア露出を有利に進める武器になります。
本記事の冒頭で、シンガポールのF&B市場の厳しさに触れましたが、綿密な準備がないままに進出するブランドが淘汰される危険性が高い今の市況だからこそ、今回ご紹介した日本国内で実施する「段階0」は単なる準備ではなく、シンガポール進出の成功率を高めるための「投資」だと考えています。
知名度が現地メディアの露出を呼ぶ
「段階0」で築いた知名度は、進出時のメディア露出にも直結します。
実際シンガポールでは、日本の人気ブランドの上陸が「話題のニュース」として現地メディアに取り上げられることが少なくありません。たとえば地元の大手メディアThe Straits Timesは、シンガポールに新しく進出する日本の飲食ブランドを特集する記事を組んでいました(全品3.90ドル台の焼き鳥チェーンや、話題のチーズケーキ店など)。

ここで効果を発揮するのが「段階0」で育てた知名度です。「日本旅行中に見かけた、いま日本で話題のブランド」という認知は、現地メディアが記事にする強い動機になります。メディアは読者がすでに関心を持っているブランドを取り上げたいからです。逆に言えば、現地で誰にも知られていないブランドは進出しても記事化のきっかけをつかみにくくなります。
日本国内での「段階0」の積み重ねが、現地でのメディア露出という形で返ってくる。ここに「段階0」を投資と呼ぶ理由があります。
「段階0」は日本国内にいながら今日から始められます。そしてそれはいずれ踏み出す本格進出の成功率を、現時点から高めていく取り組みでもあります。
さいごに:最初の一歩は、日本国内から踏み出せる
海外進出の第一歩は、必ずしも現地で実施する必要はない。この記事を通してお伝えしたかったのはこの一点に尽きます。
賃料が高騰するシンガポールでのテナント出店や輸出の手続きという大きなコストがかかる現実をみて一歩を踏み出せずにいるのは当然の慎重な判断です。
ですが、シンガポールのF&B市場が厳しさを増す一方で、年間70万人近いシンガポール人が日本を訪れています。その人たちにファンになってもらう「段階0」は、今日から今のお店や商品のまま日本国内で始められる、海外進出への最初の一歩です。
- 多言語での発信
- 現地KOLとの連携
- 来店客のUGCを促す仕掛け
どれも派手さはありませんが、一つずつ積み重ねれば確かなブランド資産になります。そしてその資産が、いつか本格進出に踏み出すときの成功率を着実に高めてくれます。
とはいえ、KOLやインフルエンサーの選定や、現地の反応の見極めなど、独力では判断の難しい場面があるのも事実です。そうしたときはどうか一人で抱え込まないでください。
私たちVivid Creationsでは、シンガポール現地で20年近く、日本企業の海外展開に伴走してきました。数多くの企業が同じ壁の前で立ち止まり、そして一歩を踏み出していく姿を間近で見てきました。
「何から始めればいいか分からない」という段階からのご相談もいつでも歓迎しています。具体的な計画がなくても構いません。まずは現状を聞かせていただくところからご一緒に考え、現地シンガポールから全力でサポートします。具体的なご相談は、以下のお問い合わせフォームからお気軽にご連絡ください。
この記事がシンガポール進出をご検討中の飲食業界の方々にとって、参考になることを願っています。
