各事業者の想いと行動が結果を変えた、佐賀県4社のシンガポール販路開拓事例
自治体主催の商談会、出ました。
現地ディストリビューターと名刺も交換しました。
でも、半年経っても1件も発注が来ないんです…。
海外進出を検討する中小企業さんから、私たちがよく聞く言葉です。
通常のビジネスコンサルタントなら「市場調査が不足している」「営業戦略が弱い」「ローカライズが不十分だ」と答えるかもしれません。たしかにそれも一因です。
しかし、2024年度から2025年度に実施された、さが県産品流通デザイン公社(佐賀県)のシンガポール販路開拓プロジェクトで見えてきた本当の答えは、もっとシンプルで、もっと人間的でした。
長期的に海外ビジネスを成功させる最大の要因は「戦略」ではなく「人」です。
私たちが意識的に行ったのは『支援する側が、本当にクライアント企業のファンになること』『現地で味方を増やすこと』『自分ごととして当事者意識を持つこと』でした。
本記事では、私たちがシンガポール現地で支援させていただいた4社の事例をもとに、地方中小企業が海外市場で結果を出すために本当に必要なことについて解説します。
佐賀県の4事業者の支援事例
私たちがサポートに入った企業様の事例を紹介します。
| 佐賀県の事業者様 | 当初の壁 | 転換点 | キーとなった人の動き |
|---|---|---|---|
| 恵味香 (みかん) |
現地から品質への厳しい指摘。オンラインでは生産者の想いやこだわりが伝わらず販売現場が苦戦。 | 生産者が即決で渡航期間を延長し、対面販売で販売代理店と認識をすり合わせ。 | 誰よりも長く店頭に立ち、皮の活用した試食方法など独自ストーリーを直接語って販売を牽引。 |
| 西岡醤油店 (醤油・味噌) |
シンガポールでは主力の醤油が「家庭での使い方」をイメージしづらい。 | 用途が明確な味噌汁・味噌ペーストへ主役をシフト。資料も英語POPに刷新。 | 社長と後継者が共に現地入り、現地市場を理解。全6アイテム発注を獲得。 |
| 理研農産化工 (業務用炊飯油) |
小麦粉と食用油で商流や戦略が異なる。1年目は小麦粉で挑戦。今回は食用油のため再度戦略や社内体制を練る必要あり。 | ターゲットを日本食レストランに絞り、商談前にサンプル配布を徹底。 | シンガポール側のディストリビューターがいつでも商品を仕入れる体制が整っていた。すぐに販売可能な状況に。 |
| 小城蒸溜所 (クラフトジン) |
催事で試飲を辞退する顧客が多く、催事での魅力訴求が困難。 | ターゲットをバーテンダーに転換。武器を「味」から「ストーリー」へ。 | 女性蒸留家本人がバーを行脚。プロ同士の対話で「ストーリーで売る」戦略がヒントに。 |
支援事例①:恵味香のみかん|支援の枠を超えた生産者の本気
佐賀県で「ほぼ無農薬」「皮ごと食べられる」という希少な価値を持つみかんを生産する恵味香(えみか)。その品質は折り紙付きですが、国内では販売チャネルが限定的であるという課題を抱えていました。
恵味香様にとってシンガポール市場への挑戦は、単なる輸出ではなく、ブランドの確立と販売規模の拡大を目指す重要なステップでした。
私たちは、シンガポールの高級デパートの催事販売に精通したパートナーと連携し、旧正月という「みかん」が最も動く絶好のタイミングでの出展を企画しました。しかし、プロジェクトは最初から順風満帆だったわけではありません。
開始後の厳しいフィードバックと予想外の事態
準備段階では、シンガポールのハイエンド市場を知り尽くしたパートナーから、恵味香のみかんの「味のばらつき」や「見た目の改善」について、プロとしての非常に厳しいフィードバックが寄せられました。
私たちはその橋渡しを行っていましたが、オンライン上のやり取りだけではどうしてもお互いの真意が伝わりきらず、議論が平行線をたどってしまう。このままでは最高の状態で催事を迎えられない…。
そう危機感を抱いた私たちは、生産者さんに「予定を早めて、一度現地に来てもらえませんか」と相談しました。
すると恵味香の生産者さんは「それなら今すぐ行きます」と、その場ですぐに自ら手配を済ませ、シンガポールへ飛んできてくださったのです。
「自治体の支援事業だから参加してみる」という受け身の姿勢ではなく、自らの足で市場を掴み取ろうとするその心構え。その本気度が伝わった瞬間、支援チームや現地パートナーのモチベーションも「何としてもこの人の想いに応えたい」という想いが一段と湧き上がりました。
どの出展者よりも長く現場に立って掴んだ「売り方の勝ち筋」
生産者さんの本気は、滞在期間中も一貫していました。他のどの出展者よりも長く、会期中の多くを店頭での接客に時間を割いていらしたのです。
当初、現場の販売スタッフは「無農薬・高品質」というスペックの説明に終始し、苦戦していました。しかし、現場で顧客の様子を見ていた生産者さんは、自ら「みかんの房に少し皮を残して試食を出す」という独自の工夫を始めました。
この皮は捨てないで、天日干しにすれば漢方として使えるんですよ。
生産者さんから直接語られるこのストーリーは、健康意識の高いシンガポール層に劇的に刺さりました。
これまでの商品スペックの説明だけではまったく買う気がなかった顧客が、作り手の知恵と想いに触れた瞬間、まとめ買いを始めたのです。
結果として、先行していた韓国産の高級みかんを上回る販売実績を叩き出し、デパートの催事担当者から「来年の出店もぜひ」という確約を得るまでに至りました。

支援事例②:西岡醤油店|醤油の壁を味噌で突破した「BtoC+BtoBハイブリッド戦略」
前年度、ライブコマースを通じた販売を行った西岡醤油店ですが、主力である醤油より、味噌関連商品の売上が上回る結果となりました。
この結果に至った理由は、甘味のある九州地方の醤油は珍しく、一般家庭でどのように使うのかのイメージがしずらかったことに加え、「にんにくみそ」「辛味みそ」「かつおみそ」のように、フレーバーのついた味噌を野菜や肉料理に使えるという試食付きの提案の方が受け入れてもらいやすかったようです。
シンガポール市場進出2年目となる今回は、これらの学びを活かし「BtoCのテスト販売」と「BtoBの商談」を組み合わせたハイブリッド戦略で挑みました。
市場の要求に対応するための製品改良
海外進出において、品質以前に立ちはだかるのが商習慣と規制の壁です。西岡醤油店がまず着手したのは、マーケットが求める前提条件をクリアするための迅速な製品改良でした。
海外市場で購買の必須条件となる「1年以上の賞味期限」を確保するため、ボトルを二重構造のハクリボトルへ刷新。さらに、シンガポールの輸入基準に適合するよう成分調整を行った輸出対応商品を、驚くべきスピードで開発しました。
老舗の伝統を守りながらも、マーケットの要求に合わせて自らを変容させる柔軟な決断力が、今回のプロジェクトを成功に導く土台となりました。
勝ち筋の再定義:主力商品に固執しない柔軟な戦略
今回のプロジェクトの核となったのは、看板商品である「醤油」から、より利便性が高く用途が明確な「味噌汁・味噌ペースト類」へのプロモーションのシフトです。
醤油は購入頻度が低く、試食だけでは活用イメージが湧きにくいという課題がありました。そこで今回は、お湯を注ぐだけで味が完成する味噌汁や、肉や野菜につけるだけで一品が出来上がる味噌ペーストを主役に据えました。
同時に、技術情報の多かった日本語の販促資料を、現地消費者が直感的にメリットを理解できる英語併記のバイリンガルPOPへ再構築。
B2C向けのイベントブースでの販売も、BtoBの商談会も、1年目の学びを活かして徹底して「現地での使い勝手」に寄り添う戦略を貫きました。
3日間の熱量が生んだ成果と、次世代への継承
この戦略は確かな結果として数字に現れました。特に「玉ねぎ一杯おみそ汁」は、その利便性が現地のライフスタイルに合致し、全商材の中でトップとなる販売率70%を記録。
BtoB商談でも、現地ディストリビューターから今回イベント出店で販売していた全6アイテムの見積もり・発注依頼を勝ち取るという成果に繋がりました。
このような販売や商談実績などの成果はもちろん大切なのですが、今回のプロジェクトで最も価値があったのは、2月6日から9日までの3日間、社長と共に現地入りした後継である息子さんの変化かもしれません。
店頭で消費者のリアルな反応に触れ、現地バイヤーとの商談を肌で感じた2代目は「将来、自分たちは「どこまで海外展開したい」という指標になるイメージを持つことができた」と仰っていました。
ファミリービジネスにおいて、次世代が海外市場を自分事として捉えるマインドセットを形成できたことは、一過性の催事で終わらない、西岡醤油店の海外事業を支える真の投資となったのではないかと感じています。

支援事例③:理研農産化工|BtoB開拓の成否を分ける物流体制
食用油と製粉メーカーである理研農産化工が今回、シンガポール市場に投入したのは、炊飯時に加えることで釜への米の付着を防ぎ、品質劣化を防ぐさせる業務用油「RF1」です。
2年目となる今回は「現地日本食レストランをターゲットにした市場調査と継続営業」という、明確なBtoBの営業パイプラインの構築を目指しました。
現地訪問前の「事前準備」を徹底
BtoBにおける販路開拓では、日本米を多く炊いていそうなレストランをリストアップし、アプローチを開始しました。ローカル層に支持される日本食レストランなどを中心に、訪問先を事前に厳選しました。
そして、実際の商談の前にサンプルを配布し、あらかじめ現場で製品を使ってもらうようにしました。これによって商談時にはすでに効果を実感し、具体的なフィードバックが準備されている状態を作り出しました。
また、専門的な情報が多く含まれていた既存の営業資料を、弊社にて再構築(トランスクリエーション)を行いました。現地のシェフや経営者が「導入によって、自分の店のオペレーションがどう効率化されるか」を即座に理解できるよう、情報を精査した英語のワンペーパー資料を作成。
さらに、現地ディストリビューターと連携し、商談後の営業フォローを即座に入れられる体制を、渡航前に整えました。
確かな手応えと商談の枠を超えた「信頼関係」
実際にレストランを訪問した際に目にしたのは、想定を上回る日本米の炊飯量でした。
事前にサンプルを試用していた3軒のレストランすべてから「品質向上とオペレーション効率化のメリットが明確である」として、今後も継続して使いたいという前向きな回答を得ることができました。
この成果をさらに強固にしたのが、商談後の「人間関係の構築」です。訪問先のレストランオーナーが「福岡に行く予定がある」と話した際、担当者の方はその機会を逃さず、オーナーが来日した際に福岡で食事会を開き、おもてなしされていました。
これは単なる「取引を確実にするため」のロジックではなく、一人のパートナーとして関係を大切にしたいという誠実な対応でした。
こうした「商談前の精度」と「商談後の丁寧な関係構築」が実を結び、結果として現地ディストリビューターを通じた継続取引が実現しました。
BtoB営業における成功の秘訣は、ターゲットとなる商談先を正確に選定し、事前にサンプルと情報を届け、顧客とのやり取り「具体的な課題解決の提案と信頼関係の醸成」に集中すること。
理研農産化工様の事例は、まさにその地道な事前準備の大切さを証明してくださいました。

支援事例④:小城蒸溜所|初動の苦戦から見出したBtoB戦略への転換
佐賀県小城市で、羊羹づくりの工程で出る副産物などを活用し、サステナブルなクラフトジンを製造する小城蒸溜所。5年前に立ち上がり、海外展開をスタートし始めたところでした。
高島屋の催事で直面した厳しい現実
プロジェクトの初動として挑んだのは、シンガポール高島屋での催事出店でした。しかし、現場では予想外の壁にぶつかります。
シンガポールの百貨店顧客層にはアルコールのサンプリング(試飲)を辞退される方が想定以上に多く、その魅力を十分に伝えきることができませんでした。
また、当初は富裕層が集まる百貨店には日本産クラフトジンへの需要があるはずだと考えていましたが、実際にはその仮説は大きく外れていました。
結果として、一般消費者向けの販売は期待した売上には結びつかず、初動の段階で戦略の再検討を迫られることになったのです。
市場を牽引するバーテンダーへの商談にシフト
この状況を受け、私たちはターゲットを一般消費者から、現地の市場を熟知し流行を形作る「バーテンダー」へと大胆に切り替えました。シンガポール国内でこだわりを持つ複数のカクテルバーをリストアップし、市場調査を兼ねた直接アプローチを開始したのです。
ここで武器になったのは、ジンの味わい以上に、その背後にある「独自の物語」でした。女性蒸留家が手がける希少性や、地域の伝統素材を活用したエシカルな姿勢を軸に、現地の文脈に合わせた営業資料を再構成。
さらに、女性蒸留家さん本人が現地のバーを直接訪問し、プロ同士の対話を重ねることができました。
商品のスペックの羅列ではなく、作り手の想いに共鳴した現地のバーテンダーたちは、自ら「このジンの売り方は、味だけでなくクリエイターのストーリーを軸にすべきだ」という具体的なフィードバックを寄せてくれました。
ストーリーが繋いだディストリビューターとの信頼
この戦略転換は、一過性のイベントに終わらない継続的なビジネス成果を引き寄せました。
アルコール専門で、かつ「女性の造り手」というストーリーを意欲的に扱う現地ディストリビューターとのマッチングが実現。
商談の場では、バイヤー側から「このストーリーを営業トークとして活用したい」という力強い言葉を得ることができ、現在この物語を効果的に伝えるための英語資料を作成されています。
小城蒸溜所の事例は、BtoB営業においても「ストーリー価値」が決定的な役割を果たすことを示しています。特にクラフト製品においては、定量化しにくい「作り手の想い」や「地域性」こそが、現地のプロを惹きつけ、最終的な営業活動を支える強力な資産になるのです。

さいごに(販売戦略の成功を担うのは、関わる人の熱量)
これらの4つの事例から得られる最も重要な教訓は、海外進出における成功の鍵は、精緻なマーケティング計画以上に「関わる全員がその商品のファンになり、本気で味方になること」にあります。
【1】生産者の主体性(本気)が周囲を巻き込む
自らリスクを取って現地に飛び込み、現場に立ち続ける姿勢が、現地のパートナーや商談先を「単なる事業の協力者」から「自発的に支援したいと思う真のパートナー」へと変えていきました。
【2】現場での学び合いが「ローカライズ」につながる
生産者の知恵と、現地パートナーの市場感覚の2つが現場で混ざりあった時、初めて現地に深く刺さる「売り方の勝ち筋」が見えてきます。双方の知見を活かしあって出店事業を成功させる姿勢が結果に直結します。
今回ご紹介した4つの事業者の取り組みは、すべての事例で数字以上の価値とも言えるこれら2つの重要なポイントを示してくれました。
ビジネスの根幹にあるのはやはり「人と人とのつながり」と、それを支える「本気の熱量」だと痛感しています。
弊社ではシンガポールを拠点に日系企業の海外進出を長年支援させていただいてきました。これからも佐賀県の4つの事業者様のような本気で海外進出を目指す日本の中小企業様のお役に立てたらと心から願っています。
本記事が海外進出を検討されている日本企業の皆様の参考になれば幸いです。